インシリコ毒性スクリーニングに関するみんなの広場


 

          
 CBI学会に新たに設立されました「計算機毒性学(Computational Toxicology)」研究会は、日本で最初の計算毒性学研究会として、多くの方々の注目を浴びております。

 「計算毒性学」研究会では化合物毒性に関する様々な問題を、研究会に参加された多くの方々と一緒に討論、勉強、情報交換する場の提供を目指します。
 本研究にご興味のある方々は、研究分野、研究内容、業務内容、スキルレベル、その他の様々な違いがあっても特に問題がありません。「計算毒性学」はその特徴から、様々なバックグラウンドを有する方々に集っていただくことが重要です。少しでもご興味がありましたならば「計算毒性学」研究会に参加いただければと思います。
 研究会の活動内容や、詳細なスケジュール等はキックオフミーティング時および以降の会議や皆様からのご意見等を参考に、順次決定いたしまして「計算毒性学」研究会のネットワーク等に報告させていただきます。順次関連情報等は本ブログにても公表させていただきます。

 計算機毒性学研究会に参加ご希望の方は、以下の「計算毒性学研究会設立報告および参加のお願い」をご一読ください。本資料に書いてありますように、参加のご意向を連絡いただければ、手続きさせていただきます。

2012/02/29

時代の変化と適用分野の広がり: Change of the times and the expance of the field of research targets

◇ 時代の変化によるインシリコスクリーニング適用分野の拡大: Expansion of the Research Targets of  In Silico Screening by the Changes of the times

    インシリコスクリーニングの研究は主として創薬関連研究を中心として発展してきた。時代の変化や研究環境、そして企業間開発競争が一昔と異なり大きく変化している。創薬研究分野内での変化にとどまらず、インシリコスクリーニングの技術はその他の様々な分野でその適用が大きく期待されるようになってきた。以下に、現在および今後におけるインシリコスクリーニングの適用分野の広がりについて分野別にまとめます。

・創薬研究分野 ( Drug Design)
    インシリコスクリーニングは通常薬理活性スクリーニングを目的として実施され、これを最適化するべくドッキング手法を中心として展開されてきた。しかし、最近の創薬関連研究分野では「早期ADME/T」で代表されるように、創薬の初期段階で薬理活性のみならずADME/Tを評価しようという考えが定着しつつある。今後のインシリコスクリーニングでは、薬理活性のみならず、ADME/Tをも含めた総合的なスクリーニングが出来るアプローチが必要となります。

・高機能性化合物研究分野 (Sophisticated Compounds)
    インシリコスクリーニング適用という観点でながめると、適用分野はさらに広がります。現在の高機能化合物の開発も時代的な要求から単なる物性の最適化のみならず、化合物の安全性(毒性)も最適化した開発が求められます。これは、化製品を生産、販売するためには国単位で決められている化合物の安全性(毒性)に関する政府規制をクリアすることが必要なためです。日本では化審法、米国ではTSCA、EUではREACHと呼ばれる化合物規制をクリアすることが求められます。このように、化合物開発時には物性のみならず安全性(毒性)評価の重要性が増大しており、高速かつ多数の化合物をスクリーニング出来るインシリコスクリーニングへの期待が高まっています。

・政府規制(安全性(毒性))分野 (Government regulation)
    化合物を規制する場合、市場で利用することが許可されている化合物は数万とされていますが、実際に安全性(毒性)が評価されて市場に流通している化合物は、生産量が多い化合物等のごく一部になります。安全性(毒性)の評価には多くの費用と時間がかかるため、大部分の化合物はすでに流通していたのでその実績で許可される、「既存化合物」として安全性(毒性)評価なしに製造・販売が認められています。これは、すべての化合物について安全性(毒性)評価を行うことが物理的に不可能なために暫定的に取られている処置ですが、真に安全性(毒性)を担保するためには全化合物の安全性(毒性)評価を行う事が必要です。これは簡単に出来ることではありません。この分野でも、化合物の安全性(毒性)評価のプレスクリーニングとしてのインシリコスクリーニングに期待が高まっています。

・動物実験代替法等の研究分野 (Alternative Animal Experiments)
      動物愛護の観点から、実験動物を使わないで薬物のスクリーニングを行うという動きが、EUを中心として広がりつつあり、皮膚やアレルギー関連化合物の開発分野では実験動物を用いた実感が禁止されます。この動物実験の代替法の一つとしてインシリコスクリーニングが注目されています。

◇ インシリコスクリーニング実施手法の多様化:
Variation of the In Silico Screening Techniques

  現在、薬理活性インシリコスクリーニングはドッキング手法を用いたアプローチが世界的に展開されています。薬理活性を目的としたインシリコスクリーニングはドッキングで実施可能ですが、その他のADMEや安全性(毒性)あるいは物性等をスクリーニング項目とする場合はドッキング手法を適用することはできません。これらの種々特性をスクリーニング項目とする場合は、ドッキングとは異なる手法の適用が必要となります。
    インシリコスクリーニングを行う実施手法として現在は幾つかの手法が展開されています。これらはスクリーニング項目毎に異なるものや、複数の分野(スクリーニング項目)に適用可能な手法とが存在します。例えば、ADME関連研究分野ではPK/PD関連式の適用が行われ、化合物物性に関しても様々な物性式が利用されています。複数のスクリーニング項目に適用可能な手法としては人工知能によるアプローチと化学多変量解析/パターン認識によるアプローチの二つが取られています。これらの関係を以下の図にまとめます。

    インシリコスクリーニングに適用可能な手法としてQSAR(Hansch-Fujita法)、3-D QSAR、SBDD(ドッキング)、人工知能、多変量解析/パターン認識の5種類があります。上図は、これらの5種類のアプローチについて、実際にインシリコスクリーニングを行なうときに必要となる種々要求項目にどの程度の適用性があるかという観点でまとめました。
    古くから薬理活性分野で展開されてきた手法は、構造-活性相関やドラグデザインで必要となる要因解析を重視し、スクリーニング目的での活用意識は高くありませんでした。このため、化合物の構造変化性や高速大量処理への対応はあまり重視されていませんでした。特にQSARはその基本原理からスクリーニングで重要となる化合物構造変化性への対応力は殆どなく、逆に対象化合物の構造変化性を制限(Hansch-Fujita法を正しく使うためには、解析対象化合物の基本骨格が固定され、置換基の位置も固定されます)することで要因解析力を極大にしてきたと言えるアプローチです。

◇ なぜ安全性(毒性)スクリーニングに化学多変量解析/パターン認識が適用できるのか:Why the Chemical Pattern recognition applicable to the In Silico Toxicity Screening ?

    薬理活性以外で特に安全性(毒性)分野には、他の分野にはない本質的な特性が二つあります。一つは、①安全性(毒性)に関するメカニズムが不明なことが多いという事。もう一つは、②スクリーニング対象となる化合物の構造変化性が極めて高いということです。


    薬理活性分野で培われてきたQSARは、インシリコスクリーニングで重要となる②の構造変化性への対応が原理上対応は出来ません。また、SBDDのアプローチは①のメカニズムが明確でないために、実施に重要となる蛋白や酵素に関する情報が得られないために、ドッキング自体が実施出来なくなります。
    この安全性(毒性)分野でのインシリコスクリーニングに対応出来るアプローチとして、現在は二つのアプローチが取られています。一つは、人工知能によるアプローチで、残る一つが化学多変量解析/パターン認識(ケモメトリックス)によるアプローチです。
   上図にありますように、安全性(毒性)分野でインシリコスクリーニングを行うときに重要となる要因解析自体は、薬理活性分野で行われたQSARやSBDDではその手法上の基本原理からクリアすることはできませんので、安全性(毒性)インシリコスクリーニングにはこれらの手法は適用できません。
    これに対し、人工知能と化学多変量解析/パターン認識によるアプローチはそれぞれ独自の機能によりクリアすることが可能です。人工知能的手法はこの要因解析部分を人間の種々ノウハウという形でシステムに入力し、この知識を適用することで安全性(毒性)スクリーニングを実施します。この場合重要なことは、ノウハウの形の情報をどの程度まで人工知能システムに覚えこませることが出来るかという事が、システムのスクリーニング精度を支配することになります。
    もうひとつの化学多変量解析/パターン認識によるアプローチは、この要因解析部分を一旦ブラックボックスとし、データ解析で用いるパラメータがその知識や情報を組み込み、これらの情報を用いてスクリーニングを行うことになります。従って、化学多変量解析/パターン認識によるアプローチでは、解析に用いたパラメータが含んでいる情報を取り出すことで要因解析を実施することが可能となります。

    安全性(毒性)のインシリコスクリーニングでは基本的に人工知能によるアプローチか化学多変量解析/パターン認識(ケモメトリックス)によるアプローチのどちらかを取るしかないという事がおわかりになったと思います。
    本ブログでは化学多変量解析/パターン認識(ケモメトリックス)によるインシリコスクリーニングについての討論を行います。